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北京戦車博物館 その2(屋外展示場編)


DC280J

85mm戦車砲のライフリング。


 今は知らないけど、拙僧が子供の頃は現用機にはそれほど関心がなく、もっぱら前の世界大戦で活躍したりしなかったりしたマシンが話題の主であった。これは確実に松本零士氏「ザ・コクピット」の影響であっただろう。そんな中でもドイツ軍好きというのは、これはまあ巨人ファンのようなスタンダードであった。アメリカ軍や旧日本軍ファンの子供はちょっと変わっていて、友達の中でもちょっとだけ勉強ができたり親が趣味人だったり、そう言う土壌を持っていたように記憶する。そしてソビエト軍好きとなると、これは完全に捻くれているといわざるを得ない。やたら得意な教科があると思えば運動はさっぱりできなかったりして、勉強の成績とは反比例するように頭は回って、しばしば理屈をこねては授業を中断させる困ったさんであった。いや、これは拙僧の子供時代を回想しているのである。
 人民解放軍の装備はソビエトの供与から始まって、それをベースに発展したから拙僧のような「捻くれもの」にとっては狂喜乱舞である。M3スチュアートなど、アメリカものも展示されていたが、一応画像を保存したという程度で感動は無い。以外だったのはSU−100のような対戦車自走砲が多かったことである。展示の為にセコハンを拾ってきたのかもしれないけど、かなり数が多いので実際に運用していたのだろうか?対戦車自走砲というカテゴリーは前の大戦終了早々に衰退したし、朝鮮半島のような起伏の激しい戦場でどれだけ効果があったのか知りたいところだ。大陸内部の平原であればヨーロッパのように一定の効果はあっただろうけど、対戦車自走砲が存在価値を持っていた時代は、まだソビエトは脅威ではなかっただろうし、台湾攻略の為にはまるで役に立たなかっただろう。勿論、その独特の低いシルエットをデジカメに押さえる夢を我々に与えてくれたのだから、一旅行者としては愉快至極である。
 第二次世界大戦時代の車両の展示が主であった屋内の展示と比べ、屋外の展示場は現用車両若しくはかつて現用だった国産車両の展示が主である。もっとも、LVT等そうでない車両もあるけど。どうも試作車と思える戦車も展示されていて、ちゃんと説明書きを読むと面白いかもしれない。


ずらっと並んだ展示車両。撮影当日は快晴で、幸い感度の心配をせずに済んだ。
中央はSU−100。



驚くほど背の高いシルエットが美しい(拙僧の美的感覚では)。
口上書きの非圧縮版画像に興味がある方はメールをください。



巨大なボディのLVTアリゲーター、米軍のものである。戦場では良い的であろう。本当にこんな目立つ色だったのであろうか?
水上ではキャタピラの水かきで前進するらしい。



T−34ベースの回収車両。この手の車両にはクレーンが必須だと思うのだけれども、それらしいものは無し。


「63式水陸坦克」。PT−76に62式軽戦車の85mm砲塔を搭載したもの。
船状の四角いボディとウォータージェット排出口が特徴的。



「風暴−T」と名づけられたこの戦車は、1980年に某戦車工廠で作成された試作戦車で、80式戦車のボディに105mm砲を搭載したとの記述がある。
しかし、この博物館に展示されている他の80式戦車のボディーとは明らかに異なり、もっと大きいエンジンを積んでいる気がする。



手前がT−54/55の血脈を引き継ぐ69式戦車。奥の砲身が外されているのが80式戦車。
砲身が外されているのは比較的年式が新しい戦車だからだろうか?



80式戦車のリアビュー。
正面から見ると69式戦車の面影を残しているが、ボディは完全に再設計されている。



第二次天安門事件であまりにも有名になった「63式履帯装甲輸送車」。
TV映像でアナウンサーがヒステリックに本車の事を「戦車が、戦車が・・・」といっていたのをにがにがしく思っていた方は多いはずだ。



「63式履帯装甲輸送車」に多連装ロケットランチャーを装備したもの。
我国にも「75式自走多連装130mmロケット弾発射機」という、やたらと長い名前の同様のものがある。



これが有名なソビエトのV8ディーゼルなんだろうか?DOHCである。



再び博物館正面に鎮座する85式戦車。
ソビエト式ボディに近代化された砲塔を搭載しているようにみえるが、懸架機銃はダシュカに見える。

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