GSX400Rインパルスの話
東北にて牧場に迷い込む
管理人は人気の無い道を好む為、しばしばとんでもない所にほおり出されてしまう。
卸したての単車で初キャンプツーリング、GWの志賀高原がこんなに寒いとは知らずびっくりする。
それにしたってこんな格好は無いと我ながら思う、こんなジョニーな年ではないのだけれど・・・。
ちなみに
カメラはペンタックスAuto110を同行。
GWの志賀高原と俺様の単車
日本海と俺様
先輩からもらったつなぎは先輩が4耐に出場したときの物だ。
元々、少し窮屈だったんだけど今でも腹が入るだろうか、考えるのが怖い。
それにしても、こういう昔の恥ずかしい自分の姿を曝すのも一種の勇気だと・・・。

朝の健やかな空気にご機嫌の俺様
十国峠(埼玉)
荒川高原の林道(岩手)
日南フェニクスライン(鹿児島)
兎に角、やたらとダートや悪路をインパルスで走った、FZRのオーナは上のXJRと同一人物。
青森から九州まで一通りの日本は走ったが、北海道に行けなかったのは少々残念。

辺境好きの管理人の旅の中で、最も辺鄙だった岐阜と富山の県境を抜ける(一応)国道。
右の撮影場所は不明だが、やはり岐阜の何れかと思われる。

崩壊した舗装路
岐阜・富山の県境
GSX400Rインパルスとは
 インパルスはスズキより1995年春から発売を開始した4st4気筒水冷400ccエンジンを搭載するネイキッドスポーツタイプのオートバイである。当時、スズキは同様のネイキッドスポーツタイプのオートバイであるバンデットを発売していたが、若干高回転型の味付けだとされるエンジンを独特のトラスフレームに搭載したバンデットに比べ更にオーソドックスなネイキッドスポーツとして位置付けていた様である。事実、フレームはGSX400S刀を流用し、エンジンはGSXR400の物をベースに中低速にチューンした物を採用したと各誌からアナウンスされており、こう言った既存技術を応用して魅力的な製品を送り出す事はスズキのお手芸であると言える。
 翌年、インパルスはマイナーチェンジを行い、足つき性を高める為にサイドカバーの形状を改め、またシート下に合羽程度の荷物を収容可能なユーティリティスペースを確保した2型となる。ユーティリティスペースの方は兎も角、サイドカバーはインパルスの特徴であるロゴを削り取る事になりデザイン的には評価できない。尚、同時期に発売となったセミカウルの付いたインパルスTypeSのサイドカバーは従来のデザインを継承した。
 尚、スズキはインパルスと言う名前のオートバイをかなり昔にも発売しているが、直接の関連性は無い。

                   ☆                   ☆
インパルスのインプレッション
 <良い点>
  ・コンパクトなポジション。
  ・中低速でのトルク感。
  ・オーソドックスなコンポーネントによる汎用性。
 <イマイチな点>
  ・詰らないマイナートラブルがライバルより多いかも。
  ・メカニカルノイズは好き嫌いが分かれる所。


 インパルスの発売となった1995年の新年、殆どのオートバイ雑誌の表紙はインパルスで飾られたと管理人は記憶している。それらの記事によれば、一様に既に市場に浸透していたCB400SFやXJR400に比べ、ハンドルやステップの位置を含め中低速時の旋回を重視した峠を意識したパッケージングであるとインパルスは評価されていた。この中低速重視と言う傾向は、中回転におけるエンジンのサウンドとビーティングにて感じる事が出来るが、それはエンジンの「がさつさ」とそう意味は変わらないようである。しかし、他の同クラスのネイキッドを試乗した後にインパルスに跨ると、ややコンパクトに纏まったライディングポジションと相まって成る程と納得する気分にはなり、またその気分こそがオートバイを運転する上でも最も重要であると管理人は考える。実際、同時期の同クラスネイキッドと言うのはどれをとっても走行する上で決定的な違いと言うのは無い。尚、インパルスのクランクケース下でフラットに結合するエキパイはコーナリングの際に美しく見え隠れし、重要なチャーミングポイントになっている事を追記する必要がある。
 管理人にとってインパルスは唯一の足であり、町乗りから気晴らしの峠走行まで全ての移動手段として活用したが、もっとも気に入っていたのはソコソコのペースで走る交通量の少ない辺鄙な田舎道で、しばしばダートや舗装の酷く荒れた舗装路を走行した。オーソドックスなネイキッドであるインパルスはクランクケースから地上までのスペースも余裕が有り、シート高も低くライディングポジションに余裕がある事から低速で走行すれば悪路もそれ程問題は無い。勿論、その様な目的で設計されたオートバイでは無く、特に瓦礫を踏む等で簡単にホイールは歪んでしまう事を覚悟する必要がある。また、タイヤの消耗も激しい。
 タイヤはもっぱらブリジストン・バトラックスBT39を使用、これはかなりスポーツ走行に偏ったタイヤで、コーナリングの際にパタパタがオートバイが寝て自分が上手くなったのではと言う錯覚を覚え、ウェット時にも充分なグリップ力を保つ良いタイヤであった。しかし、反面消耗は激しくキャンプツーリングで荷物を積み、3000km/1週間程のツーリングで6分程減ってしまった経験もある。
 管理人はキャンプ時の荷物をかなり積む方なので、タンクバックと振り分けバックとリアシート上の大型バックを併用、さらに大型バックの上に小型とは言えないテントと防水バック入りの寝袋を括り付けた。特にリヤシート上の荷物はダート走行も考慮に入れる為、6本ものストラップで入念に固定す必要があり、1・2本のストラップが外れていた事もあったが荷物が崩壊する事は防げた。インパルスはリアフレームに左右1本づつのフック、リヤシートフレーム下には引き出し式のフックが左右2本づつマウントされており、タンデムステップのマウント等もストラップを引っ掛ける事が出来、リアシートとリアカウルもフラットな状態であるから積載性に問題は無い。もっとも、ストラップを使用する際にはリアカウルとの干渉は避けられず傷をつける原因となるが、これはインパルスに限った事では無いだろう。
 6年・6万kmの走行においてヘッドランプの交換が2回、バッテリーはほぼ2年毎に交換したがこれは通常の交換サイクルと言える。5年目辺りにブレーキのブーツを交換したが、これも走行ペースから言えばよく持ったと言えるだろう。サーモスタットのセンサーが故障しラジエターのファンが回らなくなった事が3回有り、これに関しては部品の耐久性が悪いと言わざるを得ない。最終的にドライブチェーンは一度も交換しなかった但し伸びは既に限界であった、これは管理人がおとなしい走りをしていた事が原因ではあるが余り褒められた事ではないだろう。実際、チェーンの伸びは既に限界に達していた。
 オイルはモチュールの3100を3000km毎に交換、冬場はワイドレンジの5100を使用した。少々割高なオイルで専ら安物買いの管理人もオートバイの消耗品だけはケチらず、最も走行距離を稼いだ年は年間2万kmは走った事から赤貧の管理人には手痛い出費であったが、最終的に対したトラブルを抱えず6年間をまっとう出来たのは品質の良いオイルをまめに交換した成果だと考える。2・3度、別銘柄のオイル+添加剤(ZOIL?)を試した事もあるがあからさまにフィーリングが悪化し、何れも早々にモチュールに入れ替える結果となった。

                   ☆                   ☆
インパルスとの出会い
 当年3月に免許を取得した管理人はインパルスを注文、首尾よくGWの直前に納車する事が出来た。オートバイ屋の店頭で管理人を待っていた自分のお金で買った(その実は親から金を借りて、未だ返していないのだけれども)オートバイは本当にきらきらと輝いていた。既にそれを手放し、10年を経過した今でもそのときめききらめく様な感動は忘れない。もし、10代若しくは20代前半で自分を空想癖があると自認している方は是非自分のお金でオートバイの購入をお勧めする、一生酒の肴になる事うけ合いである。ちなみに、その時に親から借りた金は未だに返していない。有頂天の結果、納車時には少ししかガソリンが入っていない事も忘れ、早速ガソリンスタンドまで押した事も、ガソリンスタンドの兄ちゃんから「ばりばりの新車っすね。」と声をかけられた事もきらめくような思い出である。
 当時、管理人は杉並区に住んでいたが、販売されたばかりのインパルスは都心と言えど中々見かける事の無いオートバイで、環八等を夜な夜な流していると通りすがりのNSRやザンザス等に挑発される事もしばしばだったが二十歳ソコソコの管理人にとっては満更でもない気分であった。困ったのは暴ヤンに極めて人気のオートバイだった為に防犯には神経を使い、何時ぞやに原チャリ二ケツのヤンキーがじろじろと管理人のインパルスを眺めている所に遭遇してからは、カバーにU字ロック/ワイヤーロックを3つ付けて更に警報機も装着した。幸いな事にその後、盗難の形跡は無い。
 インパルスは紛れも無く管理人の20代に苦楽を共にした単車である、独身時代の最良のパートナーだと言い換えても間違いでは無い。人によっては女性や音楽が自分の過去を思い出す指標となるだろうが、管理人にとってはインパルスである。3回目の車検を迎えるにあたり、誤魔化しながらほっていた数々の耐久消耗部品の交換が必須となり、既にBajaやKDXと言ったオフロードバイクを併行運用している事から泣く泣くインパルスは手放す事になった。結局、個人売買で大切に使うと言う条件で2万だか3万だかで譲る、走行距離は5.8万kmだった。
 手放して暫くはインパルスが居た空間はとても寂しく、しばしばインパルスに乗り「ああ、手放さなくて良かった。」としみじみ思う夢を見た。いやいや、今でもだ。



 

FunRaid30’s同盟メニューへ戻る
「意してプラカメ拾う者なし」へ戻る