×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

ウェルタ ペルレ(テッサー付き)


WeltaPerlre
戦前の我が国で手にれることが可能だった数少ない外国製カメラ

☆ジャンク度☆
外観ボロボロ
撮影可能


WeltaPerlre WeltaPerlre
 蛇腹カメラ(フォールディングカメラ)だから畳むととてもコンパクト。


WeltaPerlre WeltaPerlre
 ひとまずテッサーがついている。
 当時としては高級品だ。


WeltaPerlre WeltaPerlre
 シャッターは最速1/250のコンパー。
 これだって戦前の我が国で入手可能なカメラとしては大したものだ。


WeltaPerlre WeltaPerlre
 青地に白文字の「Welta」のロゴがチャーミング。


WeltaPerlre
 ファインダーはプリミティブな折り畳み式。
 フォーカシングは勿論、目測である。


WeltaPerlre WeltaPerlre
 2つの赤窓で巻き上げるプリミティブなセミ判。


WeltaPerlre
 2つの赤窓で巻き上げるプリミティブなセミ判。
 前オーナーが自作のフィルムメモホルダーをつけているのが粋と本気を感じるな。



 ペルレはドイツのウェルタ・カメラヴェルク製カメラである。なんと、生産時期が1930年代だというから戦前のカメラだ。なんでも、戦前の物流統制下の我が国で入手可能な数少ない海外製カメラであったそうである。金持ちでも簡単にライカなどを買うことは出来ない時代だったのだ。なので、欲しい金の余った方は海外駐在員や海軍の知り合いから買うか、アンダーマーケットで買ったのだろう。海軍の上海やシンガポールに定期的に往復する巡洋艦などで従軍なさった方が、そうやって国内に持ち込んだライカやコンタックスで儲けた話などを、現在の回想記などで知ることができる。間宮さんはそれが悔しくて素晴らしいマミヤ6を作ったと記憶しているのだが、この記憶はちょっと怪しい。
 当時のカメラはレンズとシャッターの組合せで複数のグレードが存在した。ちょうど、現在の四輪自動車に似ている。ペルレも最高級機はテッサー7.5cmF2.8と最速1/400のシンクロコンパーを搭載していたようだ。現在だったら5LのV8気筒DOHCにハイブリットを組みあわせた感じだろうか。拙僧の個体はテッサー7.5cmF4.5に最速1/250のコンパーの組合せだが、これだって当時の我が国としては大した高級機である。レンズは3枚玉のカッサーの他、自社ブランドのウェルターがある。こういう場合、自社ブランドの方が廉価機となる。価格はグレードによって110〜280円まで幅がある。ペルレは180円くらいのグレードのようだ。戦前のレートなので、当時どのくらいの価値だったのかちょっと分からないな。
 ペルレはウェルタのメジャーブランドで複数のフォーマットに対応したカメラに冠している。戦前は栄えたウェルタだったが、所在地がドレスデンだったのが災いして第二次世界大戦では連合国の戦略爆撃で徹底的に破壊されてしまったし、戦後は東ドイツに組み込まれてしまったから勢いを失ってしまったようだ。それでも、戦後にウェルチになどのユニークなライカ判カメラのシリーズを送り出している。しかし、他の東側に組み込まれてしまったメーカーと同様に、当局から統制されたり合併したりされたりして最後はよくわからない。おそらく、ペンタコン人民公社かツアイス・イエナに統一されてしまったのだろう。
                ☆           ☆
 拙僧がペルレを何時手に入れたのか全く記憶にない。ネットオークションなのは確実である。戦前のテッサーに興味を持ったのだと思う。恐らく落札価格は1500〜2000円くらいだったんじゃないかな。拙僧が2500円も出すとは思えない。個体はそれなりにボロだったが、レンズは綺麗でシャッターもそれなりに切れるようだった。あちこち貼り革が剥がれて錆びたり軋んでいたが、遮光は問題なさそうに見えた。しかし、こういうカメラをテスト撮影もせずにイキナリ外国で撮影しちゃう拙僧ってチャーミングだなあ。
 ジャンルとしてはセミ判目測蛇腹カメラ(フォールディングカメラ)となる。フォーカシングは前玉回転式で、直接ネジを切ったレンズの外環を回す。拙僧の個体はフィート表記だが、単純に3で割れば大した問題ではない。ファインダーはガラスのはめ込んだフレームを折りたたむ方式である。ファインダーガラスには視線を横切る十字のガイドが切ってあるのだが、どっちかというと邪魔だな。見易いとは言えないが、この種のカメラのファインダーによるフレーミングは大体なので目くじらを立てる程ではないだろう。あまり真面目に撮影したい方は、この種のカメラを近くに置かない方がイイ。巻き上げをちょっと説明すると、当時の120判フィルムは6x9が標準でセミ判の6x4.5のナンバーは裏紙の記載が無かったのだ。なので裏の2つの赤窓を工夫することでセミ判の巻き上げを可能としている。理屈は簡単で最初にフィルム側の赤窓に「1」のナンバーを確認したら撮影し、巻き上げて反対側の赤窓に「1」のナンバーを確認したら撮影するのだ。そうやってフィルムのナンバーが「8」になって終わるまで繰り返すのだ。気をつけなければならないのはオートストップではないから、慎重に巻き上げないと巻き過ぎてナンバーをカラ送りしてしまう時がある。赤窓のナンバーは決して見えやすくない。更によくあるのが二重写しだ。これも撮影したら巻き上げるとか、癖をつけるしかないな。勿論、巻き上げとシャッターはリンクしていないから、シャッターはチャージレバーでチャージする必要がある。レリーズはボディ側にあるので、それほどモダンなカメラと異なる訳ではない。
                ☆           ☆
 本稿を執筆してるのが2014年だから80年くらい前のカメラである、それがひとまず使えるんだから大したものだ。しかし、フィルムカメラと写真をとりまくインフラ環境は厳しくなる一方である。フィルムカメラが何時まで現実的な価格帯で運用できるか不透明だな。なので、戦前の空気を感じるなら早い方がイイ。

 では、撮影結果(上海散歩編)を見て頂きたい。

(了:2014/10/9)

ちょい古カメラの紹介へ戻る
「意してプラカメ拾う者なし」へ戻る